世界の喫茶文化、ヨーロッパのカフェ文化


カフェだけでなく、お茶の歴史や文化も知れば知るほど面白い。日本の茶道と中国茶、イギリスの紅茶は何も関係がないようで、実は中国の茶の樹でつながっている。霧のおかげで生産可能な甘口の貴腐ワインと上質な緑茶の栽培方法にも共通点があるような・・・「喫茶去(何はともあれまずはお茶でも)」という言葉は中国茶館の店名でもあり、茶室の掛け軸にも書かれている・・・喫茶のある光景に昔から憧れを抱いてきた者として、世界の喫茶文化・カフェ文化を探究し、ご紹介していきたいと思います。


お茶、コーヒー、カフェと世界史


カフェ文化や喫茶文化というのは一般的な研究者からは「ついで、趣味程度のもの」にしか思われないのが常ですが、カフェ文化やお茶の文化を知れば知るほど、近代の世界史と切っても切りなはせないとわかります。日本が開国に踏み切ったのは井伊直弼ら開国派が中国のアヘン戦争の恐ろしさを知っていたから。イギリス人達はお茶への熱狂が高まりすぎ、中国の茶を買い続けるものの、中国側はイギリスから購入したいものがなく、イギリスは銀を流出させる一方ではいられないと中国人にアヘンの味を覚えさせ、茶を輸入するその船でアヘンを輸出していました。戦争が起きたのは中国がアヘンを禁じたから。

Jane Pettigrew and Bruce Richardson"A Social History of Tea"
Jane Pettigrew and Bruce Richardson"A Social History of Tea"

 当時は「茶」というとまだ中国茶しかなく、アヘン戦争と同時期に東インド会社がインドでの茶の栽培に着手しはじめたばかり。中国茶の新茶をいかに早く手にするか、という熱狂は、船舶技術の向上すら生み、東インド会社が独占輸送をやめてからは、イギリスやアメリカの帆船が1日でも早くロンドンに着くように、クリッパー船と呼ばれる帆船の技術向上競争を始めます。船の到着を今かいまかと商人達やお茶好き達が港で待ち構え、新茶の到着は大ニュースになったそう。数十年後、クリッパー船は蒸気船に取って代わられ、イギリスの茶は中国ではなく、インドのアッサムとセイロン産が主流になりました。(※1)

カフェに集った啓蒙主義者
カフェに集った啓蒙主義者

 

 また、フランス革命はカフェから生まれたという話もあれば、保険会社や新聞がロンドンのコーヒーハウスから生まれたという話、ボストン茶会事件によってアメリカはイギリスの国民的飲料、紅茶を捨ててコーヒー党になったという話もあります。アメリカ人は茶会事件の前は一般的な人でも1日2回は紅茶を飲んでいたそうですが、税金がかかっている茶をイギリスの東インド会社による搾取の象徴ととらえ、ボイコット運動が行われていたこともありました。東インド会社が過剰なストックの紅茶に悩まされた年、イギリス議会はアメリカでの茶税を上げてなんとか東インド会社とイギリスの産業を守ろうとします。

 

 

それに怒ったアメリカ人、特に一番早くに紅茶の船が届くはずだったボストンの市民が怒り、1773年12月16日「今晩ボストン港をティーポットにしてやろう!」という合言葉のもと、港に停泊していたイギリス船に積まれた中国茶340箱を海にぶちまけたのです。そう考えるとアメリカ独立戦争もアヘン戦争も、はたまた日本の開国も、「茶」がなければ歴史は少し違ったのかもしれません。(日本の開国直後に飛ぶように茶が売れたのも、イギリスを経由しないで茶を手に入れられるという理由があってこそ・・・)

 


この記事の著者について


カフェ文化研究家、『カフェから時代は創られる』著者の飯田美樹、Lumièreのプロジェクトについては、こちらをご覧ください。


フランス・パリのカフェ文化


パリ、サン=ジェルマン・デ・プレのカフェ・ド・フロール
パリ、サン=ジェルマン・デ・プレのカフェ・ド・フロール

 フランスでは「茶」というものに独特の響きがあるようで、「私は紅茶を飲む人間なの」という言い方には「私は普通の人とは違うのよ」というニュアンスを感じます。紅茶を楽しむマリアージュ・フレールのような「サロン・ド・テ」は今でも上流階級のマダムたちの気晴らしの場という雰囲気。(でもフランスの紅茶はおすすめしません)

 

 それに対してどこまでも一般に浸透しているコーヒーはまず朝に一杯。フランスでは朝食にコーヒーしか飲まない人もいます。コーヒーなしではフランスの日常は始まりません。家庭でのコーヒーは大きめのカップで飲むコーヒーが主流ですが、カフェで「コーヒー」と注文すると出てくるのはエスプレッソ。何はともあれまずコーヒー!という文化が根付いているフランスでは、駅や学校内などにもエスプレッソの飲める自動販売機が設置されており、150円程度でエスプレッソがどこでも飲めてしまいます。しかもたいていのカフェではエスプレッソの持ち帰りができるとか。素敵な公園の近でにカフェを見つけたら、お店の人に頼むとプラスチックカップにエスプレッソを入れてくれるそう。緑の下で楽しむエスプレソはまさに悦楽。

 

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イタリアのカフェ文化


世界に誇る公共空間、広場の伝統を持つ国といえばイタリアです。イタリアはフランスよりも圧倒的に広場の使い方がうまいのです。その中でも特に人が集まる広場にはたいてい3軒以上、オープンテラスのあるカフェやレストランが並んでいます。ヴェネツィアのサン・マルコ広場には生演奏を聞かせる3軒のカフェが世界中の観光客を引きつけてやみません。

カフェがあるからこそ来訪者たちはゆっくり座り、そこに佇む権利を手にすることができ、サン・マルコ広場に来たという喜びを噛み締めていられるのです。とはいえそんな高級カフェに誰しもがいつでも行けるわけではありません。広場の良さは、お金がない人にも居場所が用意されていること。サン・マルコ広場では演奏を立ち聞きする人たちも大勢いますし、それが潜在的顧客であるとわかっている店側は無料で聞かせているのです。

 

パリオが終わった直後のカンポ広場
パリオが終わった直後のカンポ広場

 広場を使った年に2度の馬のレース、「パリオ」が終わったばかりのシエナのカンポ広場では、お祝い気分の人たちが広場を囲むカフェやレストランに集います。でも夜のレストランはお金がかかる、とはいえその気分を楽しみたい。そんな人たちは舗装された広場にお酒を持ち込み、座り込んで仲間とお祭り気分を楽しみます。カフェがあることで、より華やかでかつ安心感がある広場ができる一方、広場は誰にでも無料で開かれている、懐ろの深い場所なのです。

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オーストリア・ウィーンのカフェ文化


ウィーンも「カフェに囲まれた街」と言われる程カフェの多い都市。19世紀末には青春ウィーン派と呼ばれる作家たちや、クリムトなど、分離派の画家たちがカフェに集まりました。「あらゆる新しいものに対する最良の教養の場は依然としてカフェであった。」と書いた作家のシュテファン・ツヴァイクも若き日にウィーンのカフェに集った一人。ウィーンでは今でもカフェが大切にされており、ちょっと入るのに勇気がいる静かなカフェには沢山の新聞があり、ゆったりとした上質な時を過ごせます。小さな窓に沿ってつくられた向かい合わせの席や、ビリヤード台などはウィーンのカフェの昔からの特徴だそう。

 

写真左下は青春ウィーン派の集ったカフェ・ツェントラール。中央は分離派も集ったムゼウム。右側はお菓子でも有名なシュペルル。

 


イギリスのアフターヌーンティ


ブラウンズのアフターヌーンティ
ブラウンズのアフターヌーンティ

3段に並べられたお茶菓子で有名なイギリスのアフターヌーンティ。お茶好きなら憧れてしまいますよね。本場イギリスのアフターヌーンティは驚くほど高級ですが、それでもお茶好きなら挑戦してみる価値あり。特にサンドイッチやスコーンの独特の美味しさは日本のアフターヌーンティとは別物。ロンドンではアフターヌーンティを注文すると、基本的には追加料金なしで新しい種類の茶葉に交換すること、サンドイッチやスコーンのお代わりが可能なはず。自分から言わないと持ってきてくれない店もありますが、気になったら「お代わりできますか?」と尋ねてみては。

 

 アフターヌーンティの名店として知られるのはロンドンのブラウンズ。アガサクリスティが通ったことでも有名で、私はここのサンドイッチの美味しさに度肝を抜かれ、高い金額を払う価値ある、本当に豊かで価値ある時間を過ごせました。

 

フォートナム&メイソンのアフターヌーンティ
フォートナム&メイソンのアフターヌーンティ

紅茶の質でいつもトップクラスにランクインするのはフォートナム・アンド・メイソン。こちらのスコーンやレモンクリームは絶品。ホテルではじめてアフターヌーンティを提供したというランハムは、子供に優しいアフターヌーンティで最優秀賞を受賞。お子様向けのメニューには可愛いテディベアがついてきます。VOGUE誌でトップに選ばれたというゼッター・タウンハウスはブリティッシュな雰囲気満点で地元の人にまじって落ち着いたお茶の時間がすごせます。現在はホテルの利益に欠かせない存在というアフターヌーンティは1人28ポンドから45ポンド程度(4千〜6千円)と非常に高級ですが、一度は経験してみる価値があるのでは。

 

詳しくは イギリスのアフターヌーンティ をご覧ください。


日本の喫茶文化


日本は様々な喫茶文化が共存している世界でもまれな国かもしれません。コーヒーにこだわるカフェに、アフターヌーンティ、日本茶の専門店から中国茶館まで。普段の生活では馴染みの薄い茶道も、千利休以前からの歴史を脈々と現代に伝えています。
 今でこそ日本茶は普通の存在ですが、かつての茶の尊重のされ方は想像を超えるほど。江戸時代や明治初期に来日した外国人たちも茶道具の値段の高さにびっくり仰天(現代に生きる私も!)。また、御茶壺道中といって宇治から江戸に新茶が運ばれる際には大名も駕篭から降りなければならず、街道沿いに住む人たちは街道の掃除を命じられていたそう。「ずいずいずっころばし」という歌の「ちゃつぼに追われてとっぴんしゃん ぬけたらどんどこしょ」というのは茶壺が来るから戸を閉めなければならず、それが通り過ぎたらどんどこしょ(ほっとする?)という歌だそう。抹茶をたしなむ茶道の対極的なものに煎茶道というのも。こちらは形骸化していく茶道に対してもう少し気楽に煎茶を楽しみ、ゆるやかな雰囲気で江戸時代の文人達が楽しんだそう。今では茶道並みのお点前やこまごましたお道具があり、京都萬福寺では煎茶道のお茶会が開催されています。
写真左下は静岡のお茶処、中央は浜離宮の中島の茶屋、右下は日本茶のお店「茶の葉」にて

中国の喫茶文化


日本の緑茶もイギリスの紅茶も、そしていわゆる中国茶も、もとをたどれば中国の茶の樹に行き着きます。長年に渡って中国が世界に与えてきた影響や中国への羨望のまなざしというのも、現代からは想像がつかない程激しい憧れだったそう。ヨーロッパの陶磁器にも、イスラームのタイルにも中国の文様は影響を与えてきました。もちろん日本の茶文化ももともとは中国に渡った僧侶たちが持ち帰ったもの。茶道でも初期は中国の茶碗が尊重されていたそうです。ヨーロッパにカフェ文化があるなら中国にも茶館の文化があり、中国の詩人や芸術家たちは茶館で芸術を論じていたそうです。茶館はゆっくりと茶をすする場所という認識が今でもあるようで、日本にある中国茶館でもシュンシュンと湯気を出すやかんがテーブルの上に置かれ、7煎目くらいまでのんびり楽しめます。なつめ(デーツ)やくこの実などのドライフルーツや、点心も豊富です。真夏の香港で中国茶を飲むと、凄まじい湿気で汗だくだった体からサッーと汗が引いていくのを感じます。しっかりした中国茶を飲んだ後の胃や気分の爽快感はインドの紅茶とは比べものにならないような。だからこそイギリス人達が我先にと高級な中国茶を求めてやまなかったのかもしれません。
下の写真は順に、横浜の中国茶店、悟空。中国の茶道、中国の太極茶藝という太極拳のような激しい動きをしながらお茶を注ぐもの。香港の茶藝館。香港は中国茶で有名かと思いきや、茶藝館の数は非常に限られています。香港、茶具博物館となりの茶藝館。文章上の写真はもうなくなってしまった渋谷の老舗中国茶館、華泰茶荘。

 


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